「マイナー力」 雀鬼・桜井章一著 を読む。

雀鬼・桜井章一氏の新刊、

マイナー力(リョク)

という本、これは面白かった。

何か新しい技や、知識、情報を、
自分のものにする、だとか、

有名になる、会社が大きくなる、
そうやって知名度やお金をふやす、だとか、

そういう「パワーを自分に足していく」生き方にたいして、

「『メジャーになること=成功=幸せ』の図式はもう通用しない」

と語る。

とはいえ多くの人は、
いまだにそういう
「パワーを自分に足していく」
「自分のパワーを増大させていく」
ということは、良いことである、って価値観で
仕事をしたり、勉強したり、
音楽やったり、ギターの練習をしたりしている。

つまり10である自分を、
20、30、100になれるように頑張るわけだが、
雀鬼曰く、そうじゃない、と。

10である、それでいいじゃないか、と
自分を認めた上で、
その10を磨け、と雀鬼は言う。
そういうのを「マイナー感覚」のひとつであるとして、
イチローやヒクソンをその例としてあげている。

僕は、この本のその視点が貴重だ、と思った。

世間の考え方として、
よくあるのは、たとえば・・・

A:
10を100にしたい人は、
一見、自分を磨こうとしているように見える。
しかし実際は、パワーを足しているだけである。
その核である自分は、磨かれないまま残る。

かと思えば一方で、

B:
10を10でいい、というようなことを言う人は、
今の時代むしろ増えてきているが、
自分を磨こうとすらしないでいい、
と勘違いしていることがある。
自然=放置、の概念だ。

僕は、これも違うな、と思っていた。

ヒッピーのミュージシャンたちが、
歌や楽器がすごく下手だったりして、
がんばらない、これが自然、
みたいな話を聞いたことがあって、
うーん、こうなりたいんじゃないんだよな、
と思ったこともあった。

「マイナー力」は、
その、AでもBでもないところを、
言葉にしてくれた本、という読み方を僕はした。

ひとたび磨き始めると、
パワーをつけることと勘違いしそうになるし、

ありのままでいい、となると、
磨くことまでやめてしまう。

だから雀鬼は、
AでもBでもない、
Cの話をする。

それは、僕自身言葉にならないところに
もやもやしていた考えで、
ズバッと言葉にされて、
目を覚まさせてもらったのだった。

もちろん賛否あると思うが、
個人的にはいいタイミングで、
ありがたい本に出会った。