違和感というアンテナをたいせつに

「これ、こうのが良くね?」

ってこと、いろんな場面で出くわすと思う。

バンドで曲やってるとき、
引っ越してベッドの向きを決めるとき、
鉢植えの配置をいじってるとき、
料理作ってるとき、

もう、いろいろ。

じゃあ、「こう」のが良い理由は?

って聞くと、

いや、あの本にこう書いてあった、
エライ人がこう言ってた
あそこがこうだからそれに合わせた、
みんながこうしてる、

って答えもあると思う。
でも自分はあんまりそういうふうに考えてなくて、

「理由はないんだけどなんとなく違和感があって」

ってことが多いです。
違和感、ってほんと大事ですね。
音楽やるひとは特に、
「違和感」のアンテナを大事にしてる人多い感じがする。

リハしてて、
曲のアレンジをするのがうまい人が、
こうのが良くね?って言って、
そうしてみたらホントに良くなった、
って場面がたまにあって、
さすがだなあ、なんて思うもんです。

理論はもちろん大事。違和感を感じる助けになる。
音楽理論もそのために勉強する。
でも理論だけでモノを決めるとおかしくなる。

なんかおかしいな、違和感あるな、
ってことに気づけるかどうか。

駅から近くて、
安くて、
環境が良くて、
広くて、
スーパーまで徒歩3分で、
オール電化で、

っていうマンションも、
見に行ってみたら、
なんかしっくりこないんだな、
なんてことあると思う。
理論では完璧なはずなのに。

そこが実はワケありの土地だった、
なんてこと後々知って、
ああやっぱり、
ってことも数知れず。

水が合う、合わない、なんて古くからある言葉も、
理論ではなく、違和感のアンテナをもとにした言葉。

すぐれたアレンジャーは、
すぐれた風水師でもある。

アレンジャーの人と、
あの地域は良い感じですよね、
あそこはなんかヤバいですね、
なんて、違和感のアンテナだけを頼りにするお話も楽しい。

理論だけに従っていって、
たとえばいつのまにか、
ものすごく違和感だらけの物件に住んでいる。
引っ越したほうがいいってことを、
でも認めたくなくて、
違和感のアンテナもたたんでしまう。

そんなことにならんように、
今日も違和感のアンテナをみがこうと思う。