シズル感のパッケージについて。

スーパーで買い物するとき、
ポテトチップとか、レトルトカレー、カップ麺、などなど、
いかにも美味しそうなパッケージのデザインです。
レトルトカレーは野菜たっぷりのようだし、
カップ麺にのっかる焼き豚は分厚いし、
ポテチは焼き肉味ってことで、本物の牛肉がこんがり焼けている。
こういうの、「シズル感」と言うそうだ。
唾液が出る感じ、という意味。
できるだけこの「シズル感」のあるデザインを、と
デザイン屋さんはメーカーに求められて、
仕事されているのかもしれない。
でも買う側の自分としては正直、
「そんな大げさな。」とか、
「たいしたことないものに限ってウマそうなデザインだしな〜」
とか思っていることに気付く。
ちょっと「パブロフの犬」です。
シズルに見合った中身を食べれない欲求がつのります。
そうすると、犬としての僕の心理は、
学習するわけです。
パッケージにダマされるな、と。
だからなのか、最近はお菓子の中身が見える
透明の「シースルー袋」が増えてる。
もう、おいしそうな容れ物じゃシズル出さないぞ!と
みんな思ってる気がする。
なぜこんなこと思ったかというと、
CDジャケットについても、同じこと考えてたことに気付いたから。
「見栄えのいいジャケって、だいたいツマんない音楽なんだよな〜」とか、
「ショボいジャケでも、むしろしっかり聞いてみよう」とか、
無意識で思ってるみたいです。
ウマそうな看板の
ラーメン屋、居酒屋、お菓子、焼酎、CDに
ひっかからなくなってしまっている。
むしろ本当に旨い焼酎は、ダサいラベルが多い実感。
居酒屋なら、看板ではなく窓から中の店員の顔や客の雰囲気を見て決める。
お菓子なら、裏の添加物を読んで、ヤバそうな粉が多かったらヤメる。
CDなら、ジャケではなく音の存在感を聞いて判断する。
店のCD試聴機というのは「シースルー袋」の役目になる。
なにか判断するとき、
パッケージ、完全に「スルー」しちゃってる。
良くも悪くも。
だから、自分のCDのジャケットを決めるとき、
何を基準にデザインを選ぶのか、
最初迷いました。
いわゆる「雰囲気良さげ」なものにしようとすればするほど、
自分が欲しくない感じの「シズル」デザインになる。
「ぽいよね」という感じ。
自分が素直に良いなって思える、それでいて
そんな写真使うんだ、へ〜、という独創性を大事にしたい。
そんなこと考えてます。


4 Comments

Leave a Comment